トラブル編

ホテル到着直前の一本道の道路決壊 迂回に14時間とカーフェリー二回乗り継ぎ

こんな事有か ホテル到着直前の一本道の道路決壊 迂回に14時間とカーフェリー二回乗り継ぎ

7/24 予約の宿の到着20km手前で、E6が崖崩れで通行止め。何の予告もなくその場で(有ったかも知れないが ノルウェー語では理解できない)。私以外にも続々来るから、大雑把なヨーロッパで良くあること。
云われたとおりに30km戻り、Oltenから868号に入る。30km走ってもカーナビは案内せず、しきりにUターン せよと云う。不安になり又E6に戻ることにする。トロムソから来るときに、途中にアルタ方面の案内が有ったのを思い出す。
それを行けば良いのではと、トロムソ近くまで90km戻り、Ramfjordbotenから91号に入る。23kmほど走ったら道路が突然無くなり フェリー乗り場になって居る。建物が有ったりせずに道路から直接フェリーの甲板へ乗りこむ。15分程の乗船で、102クローネ である。
船内は設備も良く、ラウンジで珈琲飲みしばしの船旅を楽しむ。
フェリーを降り、更に三十分ほど91号を走りRyngenへ。ここから更にフェリー乗り継Kafjordへ行くのであるが、 普段は利用の少ないルート、船も小さく輸送量は限られる。幾ら空いているノルウェーの高速でも、完全閉鎖でこの道以外に 迂回路は無い。この道とて迂回に100kmを超すのである。
フェリー乗り場たどり着いたが長蛇の列。長い忍耐の時間・・女性はトイレにも苦労している。
私は食事は都合の良いことに、 昨夜の残りの、ちらし寿司が有る。お茶でも沸かそうと思ったが、ひんしゅくを買うかと思い思い止まる。・・・
近くにレストランでもあれば飲んで待てるのだが、そんな物も無い。
やっと6時間待って乗船できた。フェリー乗り場のRyngenからフェリーに乗り、 Kafjordまでの40分の船旅 。下船し通行止めの E6に入りやっとの思いで宿に夜中の三時近くに着く。チェックインが20時までとなって居たので、部屋番号を聞き、鍵を開けて置くように 頼む。そう云えば今年の二月にフランスへ一人でスキーに行ったときも、雪で高速の事故でバスが六時間遅れ、 夜中の二時にスキーリゾートに着き、予約のアパートに入れずに苦労したことを思い出す。なにか最近は付いていないね   悲しい

フィンランドのタンペレで、またもスピード違反

今日も又スピード違反 フィンランドのタンペレでフラッシュを浴びる
昨日のスピード違反で懲りて、細心の注意をはらっていたのに、又もや100kmから標識に従い80kmにスピードダウンをした直後に捕まりました。前の二台に追従していたのにね。60km制限の標識の見落としです。動体視力が落ちているので遠くからは見えません。普通は80km制限の標識の所からエンジンブレーキで減速しますが、フィンランドはそれでは間に合いません。フットブレーキを掛けます。その標識も日本よりも小さくて、電柱に付けてあったりします。
ほんの一キロの間に、三か所も有るところが有ります。しかし皆さんは上手に抜けていきます。今日は赤では無くて普通のフラッシュでした。これでは景色を見ながらのドライブとはなりません。税収対策にしても余りにもひどく疲れる国です。
昔王子さまのコメントだと、罰金は所得に応じてだとか。どうやって決めるのかね。今まではレンタカー会社を介してカードで引き落とされる事が多かったですが。フィンランドでは所得証明書が必要?
それにしても今までの最高が648万円とはびっくりですね。初め万を見落として648円なら気にすることは無いなと一瞬思いましたよ  笑い

「車のボンネットから煙が出る」  北欧ドライブ一人旅

又トラブル「車のボンネットから煙が出る」  北欧ドライブ一人旅。

毎日雨が続きボンネットが濡れているが、止まる度にボンネットの辺りに白い煙の様なものが 漂う。雨続きで水が止まった拍子でエンジンルームにかかり、それが蒸気になって出ているものだと 軽く考えていました。
ところが、久しぶりに晴れた8/2のリトアニアの、杉原千畝記念館に行ったときです。停車するとボンネットから 白い煙か、湯気の様なものが漂う。
気になるのでボンネットを開けてビックリ、エンジンカバーが油だらけで、エンジンオイル注入口から ブロウバイガスか煙のように噴き上げている。オイルキャップが無いではないか。よく見るとラッキーなことに エンジンの隙間に引っかかって居ました。ついでにこの前エンジンオイル切れで補充用のオイルを足して 蓋をして一件落着。
昨日ラトピアの最高峰を登りに行った時に、往復100km位が未舗装の道でした。洗濯板の様な道を飛ばしたので その振動で、共振したのか、蓋の閉め方が悪かったのか、外れたのでしょうね。
一時間走っても数台すれ違っただけの、バラス道。ハンドルの自由も効かず、ブレーキも無くなった様な、 水の上を滑っているような感じになる時が有りましたが、さすがフォルクスワーゲン、それでも安心して走れました

エストニアで駐車違反 北欧ドライブ一人旅

又もやエストニアで駐車違反 北欧ドライブ一人旅。

二日続けてスピード違反で引っかかり、これで終わりと思ったら、二度あることは三度あるですね。
昨日ヘルシンキからフェリーに乗りエストニアのタリンに泊まりました。宿に駐車場がなく近くの公営駐車場 を紹介されました。24時間20EURでしたが、手持ちが2EURしかなく、一時間分でしたが取りあえず入れて置きました
少し遅れて車に戻ったら駐車違反の切符がウインドウに挟んである。何と30EURの罰金である。
8/12までに払えと書いてある。よく見てみると、車のナンバーは合っているが、国名がESTとなっている。
私の車はドイツである。間違えてエストニアと書いてある。これなら、ドイツのレンタカー会社には請求されない と思います。不幸中の幸いです。(でも、取り締まりを見ていると、カメラでも撮っているから油断はできない)
頭に来たので、別の駐車場を探したら、24時間15EURがありました。チケットを買おうとしていると係員の人が 車で乗り付け「券売機が故障中、無料で開放と張り紙」 儲けてしまいました。罰金は来ないし?駐車量は只。
それはそうですよね、主人が一泊12EURのホステルに泊まって居るのに、車が20EURなんて納得いかないものね。
それにしても、リトアニアは中世雰囲気そのままで素晴らしいところです

フィンランド ユヴアスキュラでスピード違反 

遂にスピード違反 フィンランド ユヴアスキュラで

今日7/27にフィンランドのユヴアスキュラで、突然赤いライトが目の前で炸裂。ユヴアスキュラで道に迷い やっと高速に乗りホッとした瞬間です。100km制限が80kmになりました、分岐する道もあるからねと思いながら
80kmで進むといきなり赤いライトの炸裂です。カーナビの速度制限表示を確認すると60kmとなって居ます。
スピード制限の看板を見落としたようです。
北欧はドイツ、フランスよりもスピード違反の取り締まりは厳しいですが、ここフィンランドは特別に厳しいです。
通過するのに数百メートルの街に、100kmから80kmに制限になったところに、監視カメラが一台。80kmから60kmになった 所にも一台。時には100kmに解除になったところにも設置されている。60kmの制限の標識のすぐ後ろに有ったり。
スピード制限の標識を見逃さないように、目を皿にしていないと見逃します。景色を楽しむどころでは無いです。
考え事も駄目ですね。ノルウェーは道路の雰囲気で制限速度が推定できました。ところが、フィンランドは それが通用しません。住宅が道路沿いにあるのに、制限速度が100kmで有ったり、さっぱり判りません。
ドライブ旅行が一寸も楽しめない国ですね。

ノルウェー レンタカーのエンジンオイルが無くなる 北欧ドライブ一人旅

レンタカーのエンジンオイルが無くなる 北欧ドライブ一人旅。

レンタカーを長期に借りる場合は、完全に整備された車と思っていました。こんなことは初めてです。
借りてから7500km走行の時でした。ノールカップのマーケロイテ島を登り始めて、しばらくするとと突然一瞬 オイルジョッキーのマークが出で消えました。以前から小さな黄色の三角の印が点灯するので、気になって居ました。。
これは一大事とエンジンオイルをチェックしてみました。
案の定、計測の指定の範囲にはオイルが付かず、点検棒の先に汚れたオイルが付くだけ。危なかったですね、このまま ホニングスヴォーグまでと思っていましたが、あの坂道ではエンジンを駄目にしたかも。
来るときに、フィンランドとの分かれ道の交差点にガソリンスタンドが有るのを思い出し、下ることにする。
ところが、こちらのガソリンスタンドは、コンビニに併設されたようなスタンドで、日本のようにオイル交換 のようなことはやって居ない。オイルは無いかと聞くと、売っては居るという。ついでに、コーヒーを飲んでいる お客さんに頼んでくれる。幾種類もないがディーゼル用を探してくれる。1Lで98NOKである。
早速補給して、事なきを得た。気持ちエンジンが軽くなったかと思う。
そう云えば、車を借りるときに基本の保険以外に、免責額ゼロ保険、タイヤのパンク、車上あらし・・・・ 等でレンタカー代と同じくらいになる保険をしつっこく勧めました。
以前は所謂フルカバーで入って居ました。ところが無駄なので最近は入って居ません。
例え、パンクでも勝手に直したら保障されない。事前に了解を得て直すことになって居る。言葉の壁から このやり取りの難しさからも入らないことにしています

オスロの宿も見つからない

オスロの宿も見つからない。

オスロは大きな街で、出入りの高速も大渋滞でビックリです。
中央駅から歩いて十分程の駐車場とキッチン付きのドミトリーを予約しました。ネットで見ると大きな建物でこれなら簡単に探せるとたかをくくっていました。
カーナビは親切にも建物の裏側の共同の駐車場を案内しました。
建物は見えるのですが、看板は同居しているコンピュータ学校とか、会社の看板が出ている。
通りかがった若者も一緒になって探してくれるが中々見つからない。携帯を駆使しても、平地でなく段差になって居たので見つからない。
そこから二階分降りた道路に出て、通りがかりの人に聞いて、やっと小さな看板を見つける。
お礼を言って別れたが、入口は又キーセーフボックイになって居る。
それを押して、更に小さな案内に従い七階へ上がる。フロントが有るかと思いきや。又キーセーフボックス。
四桁の番号を入れてやっとフロントで受け付けられる。
観光スポット誰に聞いても解決できるが、小さな宿は散歩しているような地元の人に聞かないと判らないですね。
安い分リスクもある。

デンマーク・ルンドの宿が見つからない

デンマーク・ルンドの宿

看板も表札もない宿!! どうして探すの

7/7にデンマークからオーレンスンド橋を渡り、スエーデンのマルメに入りルンドに泊まりました。今日の宿はキッチン付きと 安さで選びました。
ルンド大学の芝生が気持ちよくて朝寝をしてしまいましたが、変な予感がして、早めにカルマルの宿に向かいました。
グーグルマップのストリートビューで見えなかったので、早め着いて正解でした。
カルマルの中心街から4km程の住宅街にありました。
カーナビの緯度経度で入れてあるから、先ず行けるはずですが。
ところが、カーナビは閑静な建売風の住宅街を示している。ペンション風の建物は一つもなく、一瞬カーナビの入力ミスかと疑いました。
キョロキョロしていたら、近くのおばさんが二番目の建物だと教えてくれる。
変な外人がチョロチョロしているのでペンションのお客だと判ったのでしょうね。
ところが、二番目家の表示の住宅には表札も看板もない。郵便受けに名前も書いてない。
そうしたらご主人が現われて、ミスター・・・と呼びかけてくる。
なんのことははない、定年後の部屋貸をしている宿でした。
言葉と風貌がおかしかったので聞いてみたら、25年前に中国から移住してきたとのこと。
中国人は実に逞しいです。何処の観光地も若い人でごったかえししていますが、ただ旅行をしているだけではありません、なかには 将来何処で儲けようかと 情報を収集しています。泊まったペンションでは、これを売ってくれないかと云ったり、売りに出そうな物件は無いかと訪ねるそうです。

VISAカードを紛失

VISAカードを紛失

一難去って又トラブルです
二度あることは三度あるで、カードを無くしてしまいました。買い物をしていざカードで払おうとしたら、見当たりません。
ドイツに来てレンタカーを借りた時以外は使っていません。しかし、普段から財布を持たずに、封筒にお金とカードを入れている私は、 現金で払うときに落とす可能性はあります。
しかし、カードは日本円の封筒に入って居るので、落とす機会は無かったように思います。
レンタカーのオフィスで、カードと国際免許を出して手続き中に、急にカウンターの移動を要請され、その時にカウンターに 置き忘れたような気がして、気にはなっていたが確認もしない横着者。
早速カード紛失届をしましたら、置き忘れでレンタカー会社からカード会社に届け出が有ったとのこと。普通のお店では無くて良かったです。
自分で確認の電話をしようと思っていましたが、カードを止めるのが先と電話をして、事の確認が出来て先ずは安堵です。
念の為にカードは三種類(口座は二つ)持ってきているので何とかなりそうですが 、一時は心配しました。
以前には、出発の日に、カードが海外で不正使用されたのでカードを止めましたと連絡が入り、カードは一枚しか持っていなかった当時は 慌てましたね。
カード無しでは、ガソリンを満タンにして、未知の世界にドライブ旅行に出るようなもので、勘定下手な私は実に不安でしたね。

高速料金はウィンドウに貼るステッカー制

高速料金はウィンドウに貼るステッカー制  罰金は300~800EUR
高速道路の料金支払いシステムは、国によってまちまちである。日本のようにゲートが有って、現金か日本のETCのようなシステムの国もある。この方式はゲートの建設と維持管理、それに渋滞の原因になる欠点がある。そこで、ヨーロッパや中欧では事前にステッカーを購入してウィンドウに貼っておくVinjette方式が多くなっている(オーストリア、スロベニア、スイス、チェコ、スロバキア)。
料金、通用期間もまちまちであるが、日本に比べ非常に安い。短期の一週間位の場合12~35EURであり、高速道路に入る前にガソリンスタンドとかコンビニのような店で売っている。
これを張らずに、高速道路を通行すると、警察、パトロールに見つかったり、国境の入国管理事務所で捕まると、罰金は300~800EUR・・・この幅の意味不明。捕まった時に、粘って即金で150EURとVinjetteカード代の15EURを払ったとの報告もある。日本のようにゲートが無いので、何処からでも高速道路に入れ、高速道路と知らないで走ってしまう。
カードが無い場合には、罰金を取られないようにする為には、カーナビの回避条件に有料道路をチェックしておくと安心できる。

ツェルマットスキー手首骨折2013.1.31 

1/31

チェリビニア側の、この前滑り残したマッターホルンの裾野のルートを滑りに行く。緩傾斜であるが、思いのほか沢山のルートが有る。 以前五月に来た時に滑れたオフピステは、強風のためか石が出ていて滑れない。 午後はSchwarzsee側を滑り、仲間の二人は切り上げると云うので、一人でコルナグラート側に転進する。 この前滑ったHohtalliのオフピステに行くが、遅い時間で光線の角度が悪く凹凸が見えずに諦める。

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DSC09057 ツェルマットスキー手首骨折2013.1.31   DSC090652 ツェルマットスキー手首骨折2013.1.31   DSC09082 ツェルマットスキー手首骨折2013.1.31   DSC09088 ツェルマットスキー手首骨折2013.1.31   DSC091091 ツェルマットスキー手首骨折2013.1.31   DSC09119 ツェルマットスキー手首骨折2013.1.31  

 

 

 

 

又も手首の骨折Sunneggaから Rothornに向かうが、 Blauherdでリフトからゴンドラに乗り継ぐ駅で、板を外すのにストックでリリースせずに 、格好を付けるわけでは無いが、横着して板を履いたまま板で踏んづけてリリースしようとする。 板がコンクリートと雪に半分づつ乗っていたので急に滑り転倒。慌てて着いた右手首から鈍い音がして激痛が走る。 直感で骨折と悟る。レスキューを呼ぼうか、自力でリフト、登山電車で帰ろうか悩む。一昨年のコロラドのベイルの誰も居ないオフピステで左足の骨折 でも自力で帰ったのだからと、自力で滑って帰ることにする。 Sunneggaまで滑り、登山電車を横目で見て、 Tufternまでの気持ちよいルートに入る。見納めになるマッタホルン を見たさに、片手にストックをまとめて持ち滑り込む。Patrullarveからの林道は狭いが、多くの人が帰りを急ぎひしめきあっている。一昨年のベイルで足を骨折した時の 林道を一人で滑ったときのことが頭をよぎる。 宿に帰り、保険会社に電話して、キャッシュレスの手続きと病院の紹介をしていただき病院へ。複雑骨折で二本とも折れていた。牽引して折れ口を離したから更に押し付けて 元に戻す。幸い手術の必用はないとのことですが、手術そのものが出来そうも無い病院のようにみえたが。今になってみれば手術したほうが治りが早かったのではと思える

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航空機手荷物の遅延9日間

ジュネーブ空港が大雪で閉鎖になり、チューリッヒで降機して一泊。翌日ジュネーブにたどり着いたものの機内預けの手荷物が届かずにパニック。
手荷物のタグシートを持て、lost bagagesの窓口へ。
必用なものは、航空券、タグシート、パスポート、遅れた荷物を届けて貰う住所(旅行中の宿泊予定表)です。
☆何度かの体験から、私は旅行の予定表、数日間の下着、洗面用具、薬、パソコン、それにスキーの時は靴と手袋、ヘルメットは機内持ち込みにします。
登山の時は、薬、ヤッケ、手袋、靴下、登山靴、アイゼンは機内持ち込みにします。
宿に落ち着いてからは、何時届くのかの問い合わせを電話だするのだが、外国語に不自由な私は、メールですることにしています。したがってパソコンは必須。
☆補償
紛失や損壊でないので、基本的にはないのですが、96時間内に購入した下着、洗面用具等は領収書を付けて請求すれば出ます。わたくしはスキーが目的だったのでスキーのレンタル料と購入したゴーグル等は補償されました。
◎航空会社は又別途で、96時間を越えた部分を請求できます。
航空機手荷物の遅延は、滅多に無いと思われがちですが良くあることです。わたくしは常に有ることと思い、スキー、登山意外は手荷物は軽くして、全てを機内持ち込みにしています。

ポーランド駐車違反の取締り中!!

駐車違反の取締り中!!
ヨーロッパは一般的に駐車違反には厳しい。取り締まりも頻繁で、車を止めて駐車券を入手している間に、車に戻ったら駐車違反の手続き中だったり。この写真はポーランドで大通りから入った脇道ですが、券売機が無く探していたら、御覧のとおり次から次へと貼られている。駐禁で無い所に、誰か置くと次から次へと置くようです。車が普及しだした、ハンガリー、ポーランドでは余り厳しくないと思ったのですが、甘かったですね。アパートがある所は駐車券をウインドウに掲示してないから、駐車禁止ではないかと思いましたが、何か不明のシールが張ってある。駐車場を持たない住民が、一帯を借りている会員券?とかのようです。
道路の縁石のペンキの色でも表示されているようですが、良くわからず廻りをきょろきょろして駐車している。DSC02692 ポーランド駐車違反の取締り中!! DSC02693 ポーランド駐車違反の取締り中!! DSC02694 ポーランド駐車違反の取締り中!!

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足の骨折 死の淵からの脱出

アメリカコロラド州 ベイルスキー場 2010.1.19

午前中はSun Down Bowl &Sun Up BowlとChina Bowl辺りで滑り、まだ食べ残されたパウダーを食べていたが、殆ど滑りつくされ 新雪が無くなったので、Siberia Bowlに転向する。 朝のうちはアバランチコントローのために閉鎖されていたが、午後から開放される。待っていた人たちが殺到して、我こそはと真新しいキャンパスに シュプールを描きに行く。 なんとも至福な一時であった。二本滑ったが更に欲をかき、Inner Mongoria Bowlに出掛けるが、雪崩の危険から 閉鎖中である。それではと、 Petes Expressに乗り Earl’s Bowlに遠征する。少し風が出てガスってきた。誰も居なく、心細くなりBigRockParkに滑り込もうかと 弱気になるが、なんとガイドに引率された四人組みが現れ意を強くして、緩い登りをハイクする。(この四人組の完全装備のバックカントリーの人達は、いつの間にか消えて、以後会うことは無かった) 小さな尾根を超え、In The Wuldesに滑り込む。Most Dificurtコースなっていた。崖になったり、地形的に滑れない、明らかに危険なところには縄が張ってある。 しかし、こちらは危険だけどルートの取り方と、技術によっては自己責任で滑れる所は、一部ロープが空けてある。 ここにもあちこちにロープが設置してあった、ガスっていた為に、どんな理由かは分からずに滑っていた。大分下がり谷底近くになった時、又ロープが現れた、迂回しようかと迷っていると一箇所隙間が空いている。注意して滑れば滑れる隙間かどうかも確かめることもなく滑り込む。あっと一瞬身体が宙に浮いた感じがしたがその直後、足に激痛が走る。一寸した崖から沢に落ちたのだ。 落ちた所は一メートル程の岩のゴーロ帯の中である。左足はTLTのビンディングが外れてたものの右足はビンディングが外れずに、板は岩と岩の隙間に入り込んで、上体は一メートルほどの巨岩を抱きかかえる様にして止まっている。激痛の走る右足は、TLTのビンディングは外れていなく全体重を右足で止めたのかも。足の痛い部分をそっとさすってみる。痛い部分が飛び出しているとか、曲がっていることもなく普通になっているので、単純骨折か捻挫くらいと判断する。

死からの脱出 15Km

視界の範囲には誰も見当たらず、携帯も持ってきていないのでレスキューを呼ぶことも出来ない。なんとしても自力で脱出するしか生き延びる道は無い。とりあえず岩にはまりこんだ状態から身体を捩り脱出する。外れた板を履こうとするが、右足を踏み込めないから履けない。こんな時には世界最軽量のTLTは苦労する。 有り難いことに、ストックは二本とも探し出せて無事である。何とか板を付けて、激痛を我慢して立ち上がる。谷底までは数百メートルあり、まだ傾斜も20度を越している。巨岩あり穴ぼこ有りでスキーで滑らずに降りるには、板を外して這って降りなければならない。そこまでは這ってでも降りれるが、その先の緩傾斜になる谷芯までは一キロ程あり、更にリフト乗り場までの水平道が数キロ以上ある。 時間的に這っての脱出不可能である。ゲレンデスキーとナメテている。一人で来るならバックカントリーの装備で来るべきであった。半雪洞を堀りツェルトを被れば救助を待つことが出来る。とんでもない世界に入り込んでいる。意を決して滑り出す。右足は地に着けず、左足だけの滑走である。部分的に三十度はあり滑れるわけが無い。転ぶ度に激痛が走り 呆然とする。誰か現れるのを待とうかと一瞬考えたが、こんな時間と天気では絶望的である。 立ち止まっていたら、二度と立ち上がる気力がなくなるのではと思い、気力を奮い立たして立ち上がる。片足で滑る練習はしていないので、左足だけでは数メートルも滑れない。 しかし、右足には体重は掛けずに、板を引きずるように滑らせるだけでバランスが少しは取れる。バランスを崩したら、左側に転ぶようにする。痛さで脂汗びっしょりになり、やつとの思いで水平道の林道までたどり着く。傾斜がない分、転ばないのは良いが、滑らないのでストックで漕がなくてはならない。ここは雪が締まっているので、板を捨てて、リフト乗り場に這ってでも辿り着ける見通しがつく。ただ、リフトの最終時間に間に合うかの、時間との勝負である。そんな折、救いの神が後ろから現れ、ボードの青年がお尻を押してくれる。私が足を骨折していることを知ってか知らないかは確かではないが、その一発でスピードが乗りリフト乗り場に届く( これがリフト乗り場までに会った唯一の人であった)。 ここでレスキューをと思ったが、ここまで自力で頑張ったので、後日のためにも最後まで自力で帰る意地を通すことにする。 Orient Express Liftにぎりぎり間に合い乗る。3400mのリフト降り場から、Tow Elk Lodgeまで緩い下りと登りがある。そこまで行けば下るためのリフトがある。しかし緩い登りが登れず、一つ下のRiva Bann Express Liftまで手前のゲレンデを滑り降りて乗ることにする。ヤットの思い出リフト乗り場にたどり着くことが出来た。しかし、板を付けたままの、リフトの乗り降りは、目の中で火柱が上がる思いであった。 降りてからは、板を両手に持ち、松葉杖代わりにして歩き、シャトルバスに乗る。長い時間を掛けて、暗くなったホテルにヤットたどり着くが、フロントの前は何食わぬ顔をして通る。 足が曲がっているとか、突起物が有るとかの複雑骨折ではなさそうなので、保険屋と相談して明日受診することにする。

保険屋にキャッシュレスの手続きと病院の紹介をしていただき病院へ。偶然だがアメリカの有名なバスケットや野球の選手が治療に来る有名な病院であった。 廊下にはそんな選手の写真とサイン色紙かせ沢山掛けてある。ベイルは高級リゾート地で、日本で云えば軽井沢のような避暑地であるからうなずける。 レントゲンを撮ったら、医者いわく、oh brokenであった。膝下の二本の骨のうち太いほうが、折れているとのこと。滞在期間が短いので手術はせずに 、膝の可動範囲と横ぶれを設定できる歩行器具をはめられる。お陰で松葉杖で歩くことが出来る。日本に着いたら必ず受診するようにと、レントゲンの DVDを渡される。

ベイルに来て三日目に骨折したのに、仲間と二人で来ている事と、変更不可の航空券のために、1/23まで何もしないでのんびり ホテルで待つ。

b2f2862a007f54828c607f79e801cf98 足の骨折 死の淵からの脱出

骨折一ヶ月後に山の会のクライミングコンペに参加する。
実は三月に仲間四人を誘い、ウィスラーに行くことにして、全てを手配していた。
こんなに早く快復するならキャンセルしなければと後悔しきり。
更に、二月に蔵王の予約も有ったのです。これは誘われたものなので、バスの予約のキャンセル料だけで済んだが。